スペイン人は絶対に忘れない、激動の時代(後編)


Ecomスペイン語講師Ana

こんにちは、EcomのAnaです。今日は、先週お話したスペインの民主化についての続きです。(前回の記事を読んでない人は、先にそちらを読むことをオススメします!)

前回お話したように、スアレスはバランスを取りながらですが、しっかりと民主化を進めていきました。

しかし、なぜ旧体制の人たちはこのような変化を受け入れたのでしょうか?それは、現実の世の中を見て、昔のシステムはもう通用しなくなっていることが明らかだったからです。実際、このことに最初に気づいたのがスアレスでした。その後も次々と、時代の変わるタイミングを感じた人たちが新体制側に移っていきました。

スペインの首相 アドルフォ・スアレス

1976年11月18日、495人中425人の賛成で政治改革の法律が可決されました。これにより議会で新たな憲法が作れるようになり、新憲法は90%以上の賛成で採用されました。

スアレスは改革の中で、旧体制で対立していた政治の力をまとめることに成功しました。特に素晴らしいと言われているのは、様々な政党、特に共産党を法律で認めたことです。
共産党はフランコ時代、ずっと敵だとされてきました。これがなかったら、国民から民主主義を信じてもらうことができなかっただろうと言われています。もし新しい政府が共産党の思想の自由を認めなければ、政治は変わらなかったでしょう。
スアレスはそれがわかっていたので、共産党を合法化したいと思っていました。しかし、それには大きなリスクがあります。他の政党や政治家、軍隊などはほとんどが共産党を認めることに反対でした。
共産党はスペインの王制と新政権を認めて、これを倒そうと考えないことを条件に、合法化を認められました。共産党がこの条件を認めて合法化されたことが、スペインの民主化の大きな柱となりました。

このように民主化が平和に進んだ理由に、もう1つ欠かせないことがあります。それはスペインの内戦です。スペインは1936年~1939年に国内で内戦がありました。Eugenio Bregolatという政治家は「スペインの民主化が進んだのは、辛い時期を耐えてきた国民の力だ。私たちは皆言わなくても、考えることさえしなくても、あの内戦のような悲劇を繰り返してはいけないということを知っていた。国民皆にこの意識があったからこそ、スペインの民主化、近代化は平和に進んだ。私たちスペイン人は、自分たちの歴史から学んだのだ。」と述べています。

この改革の中心となったスアレスは、先日お話したように81歳で亡くなりました。ですが私たちは、彼の姿を忘れることはないでしょう。
Hasta otra,
Ana

今回の記事いかがでしたか?
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