実はコロンビアのものだった?パナマ運河の複雑な歴史


lina

 

¡Hola! ¿Qué tal? Ecomのリナです。

今日のテーマは、パナマ運河です。歴史の授業で習った人が多いと思いますが、パナマ運河はパナマ共和国の土地を削って作った運河です。これにより太平洋と大西洋という大きな海がつながって、貿易などがかなり便利になりました。

 

実はコロンビアのものだった?パナマ運河の複雑な歴史

 

ところで、パナマは昔コロンビアの一部だったことはご存知ですか?
パナマは1821年にスペインから独立して、Gran Colombia (大コロンビア)という国の一部になりました。しかしその後に独立しました。なぜなら、パナマの指導者たちは大コロンビアを作ったBolívar(ボリバル)の憲法に賛成出来ない部分があったからです。
大コロンビアが別れた後、一旦パナマはコロンビアの一部になりました。ですが、1889年~1902年のGuerra de los mil días (千日戦争)によって、1903年にコロンビアから独立したのです。
パナマは自由主義の考えを持つ人が多く、コロンビアの保守主義の政府とは対立していました。

パナマがコロンビアから独立する前に、コロンビアは米国とパナマ運河を建てるためのHerrán-Hayという条約を結んでいました。その条約には、米国に優先権があって、コロンビアは他の国に譲渡できないと書いてありました。
つまり簡単に言うと、コロンビアの議員の多くがこの条件に反対しました。しかし米国はパナマとコロンビア政府の考えの違いを利用して、パナマの独立を支えました。
そうして、条約では禁止されていましたがパナマはコロンビアの政府からぬけだして、1903年11月3日に独立しました。この日は今でも、パナマ独立記念日になっています。

パナマ運河は大西洋と太平洋を結びましたが、この計画はヨーロッパの国が中南米に進出した頃、つまり16世紀頃からずっとありました。ですが技術の問題などもあって、今までたくさんあった計画はどれも失敗していまいした。

19世紀の終わりにはフランスの主導で建設が始まりましたが、そのために作られたパナマ運河会社が不正などの問題で倒産してしまいました。

そうして結局、さっき説明した通り米国が建設を続けました。国の分離や政治的な問題、不正の問題などがありましたが、パナマ運河はなんとか完成しました。

 

実はコロンビアのものだった?パナマ運河の複雑な歴史

 

パナマ運河は全長約80キロメートルで最小幅は91メートル、最大幅は200メートルです。
この運河のおかげで船の移動時間と距離を短縮して、大洋を横断することができます。価格も比較的安いそうです。現在ではアメリカだけでなく、中国や日本、韓国、チリなどの国もよく使用します。

このようにパナマ運河は貿易的に重要なだけでなく、観光名所にもなっています。
こちらのリンクに面白いビデオがあるので、興味のある方はぜひ、ご覧ください。

 

今回の記事いかがでしたか?
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