スペインを代表する人気歌手、アレハンドロ・サンス


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本日は世界でもっとも有名なスペイン人歌手について話そうと思います。彼の名前は Alejandro Sanz(アレハンドロ・サンス)で、すでに合計18個ものグラミー賞を受賞しています。ところで、彼はいったいどうやってスペイン音楽で世界一有名な歌手の一人にまで上り詰めたのでしょうか?

アレハンドロ・サンス
アレサンドロハンスは、1960年代後半、スペインのマドリードに生まれました。 彼はすぐギターで遊び始め、すぐにとりこになりました。彼は夜も演奏もやめなかったので、ある晩彼の母親は、家族みんなが眠れるように、彼の楽器を壊してしましました。まず彼が出会ったのはフラメンコミュージックでした。それは彼の両親がアンダルシア出身だったからかもしれません。アンダルシアではフラメンコミュージックが、その地域の文化を理解する上で必須でした。アレサンドロは初めはフラメンコのダンサーになろうとしましたが、それがとても難しく厳しいことに気づきました。彼はもう練習を続けることができないと思い、代わりにフラメンコミュージックを取り入れたポップミュージックの創作にとりかかりました。
はじめはなかなか上手くいきませんでした。彼の故郷で発表をした後、彼はMiguel Ángel Arenasという人気グループ”Mecano”のメンバーに会いました。サンドロスの一番最初のアルバムはテクノミュージックとフラメンコミュージックをミックスさせたもので全く売れませんでした。彼はお金を稼ぐため、彼はストリップクラブで演奏を始め、レコーディングスタジオで働き、その後、大学へ戻り、少しの間音楽から離れました。そしてしばらくして、彼は第二のチャンスを得ました。1991年、彼はワーナーから“Viviendo Deprisa”というアルバムを出しました。そのアルバムには彼のヒット曲である”Pisando fuerte”も収録されていました。リンクから彼の最初の人気曲を聞くことが出来ますよ。

このアルバムはヒットして有名になりファンを獲得しました。私が子供の頃、当時10代だったいとこの部屋がアレサンドロハンスのポスターで覆い尽くされていたことを思い出します。その後もアレサンドロはアルバムを出し続けました。“Si tú me miras”、“Básico” や “3”などがあります。その時期、彼のアイドルであったPaco de Lucíaと一緒にレコーディングをする機会がありました。レコーディングは、イタリア語、スペイン語で行われ、そのアルバムである
“La fuerza del corazón”が世界的なヒットになりました。
5番目のアルバム作成のため、イタリアで2年間仕事をした後、アレサンドロは“Más”という彼の音楽家としてのキャリアを帰るような作品をリリースしました。このアルバムはスペインで2百万枚も売れ、彼は世界的なスターになり、アメリカでツアーを行うきっかけになりました。このアルバムには“¿Y si fuera ella?” 、“Amiga mía” そして “Aquello que me diste”という素晴らしい曲が収められていました。
彼の生涯の中で最も素晴らしい曲だとされているのは“Corazón Partío”です。この曲はフラメンコ、ポップ、サルサのミックスで、スペインから、キューバ、アメリカまで世界中の人が踊りました。
Más” をリリースした後から彼の人気は上がっていって、ついにはスターになりました。

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