ロシアでゴルバチョフ嫌いが多い理由(後編) 2


ロシアでゴルバチョフ嫌いが多い理由(前編)では、ゴルバチョフがなぜロシア人に嫌われているのかの理由1、2を紹介しましたね。今回はその続編です。

ゴルバチョフが嫌いな理由その3:出しゃばり奥さんが感じ悪い?

 

ゴルバチョフの奥さまは、最初センスが良くて綺麗ということがから人気もあったのですが、その後わかりもしない政治やほかの大切なことに、ロシア人に言わせると「鼻を突っ込んで支配しようとした」のだそうです。

わかりやすい例としては、ボリショイ劇場というロシアNo.1劇場にあれこれ口出しをするようになりました。その結果、マーヤ・プリセツカヤという瀕死の白鳥で有名なロシアバレエのトップの世界的バレリーナがボリショイ劇場を辞めるに至ったと言われています。

理由その4:頭のシミが気に入らない。

これは私的に言えば、ゴルバチョフ悪くないじゃん?と思うのですが、彼の頭のシミが悪魔の印だと思われていたのです。と言うのも、なんかの迷信で悪魔は自分の気に入った奴には頭に印をつけると言われているのだとか。また、この時期に丁度、チェルノブイリ事件、シベリアの電車衝突事件(1000人以上が亡くなりました)など本当にひどいことが次々と起こったので、信心深いロシア人にとっては、「悪魔に印をつけられたやつが上にいるから」となったのだそうです。

理由その5:犯罪が一気に増えた

ゴルバチョフは、メディアも使ってソ連を徹底的に批判していました。

そのため当時、公務員をやっていた人たちは、周りから批判されていただけでなく、国家から公務員向け予算カットが続きました。

そのせいで、警察は人が少なくなり、良い人材がどんどんいなくなってしまいました。

また、刑務所に入っていた人が多すぎるという考えから、刑務所に入っていた人たちの多くを自由にしました。これにより劇的に治安が悪化しました。

このせいで1990年代というのは、ロシア人にとって犯罪が多く恐ろしい時代として思い出されています。法律はマフィアの言う通りの人治主義になるし、お互い民族がギスギスしだし、今までは仲の良かった民族同士が争うようになり、コルホーズや田舎は破壊、結局金!金!金!だけの国になってしまったという人もいます。

また、田舎の仕事がなくなった分、田舎の若いロシア女性は売春をやるくらいしか道がなくなり、これまでの経済システムが壊れてしまいました。

理由その6:家族破壊

ソ連はいろいろな民族が仲良く平等に暮らした家族のような国でした。ところが、ペレストロイカのせいで、みんな互いに否定するようになり、この家族のような国をゴルバチョフに壊されたという人もいます。

 

ただ、わたしのようにその時代を覚えていない人間がいうことではないかもしれませんが、当時は全員ペレストロイカを望んでいたことだし、やり方は良くなかったにしても、ゴルバチョフがやらなければ誰か違う人がやったのではないかと思います。

時代の流れがただ一人の意思によって動かせると私は思えません。それをすべてゴルバチョフのせいにするのが正しいかどうかの判断はお任せ致します。彼だってよかろうと思ってやったことがほとんどだと思いますが、例えば中国がとった方法で国を変えることも可能だったかもしれません。

もう一度いいますが、ここで述べているのは40代から70代の方々の意見です。若者はというと、「ソ連に後戻りはしたくないな」というのが主な意見です。また、プーチンを否定している人ももちろんいますが、たいていは、「まあ、悪い所もあれば、よいところもある」程度で、何か偏った意見はそこまでありません。

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2 thoughts on “ロシアでゴルバチョフ嫌いが多い理由(後編)

  • Hiro from Japan

    ロシアでゴルバチョフさんが嫌われてると言うのは聞いていましたが、犯罪の増加とか経済の悪化は、たぶん彼の企図せぬことだったように思います。あと、自分がやったことのいく末にあったのがソ連自体の崩壊ということも。
    さすがにアルコール禁止令は行き過ぎですね。ぼくは酒飲みが多いことで有名な高知県出身の土佐人ですが、高知県知事が「酒飲むな!」と言えばたぶん相当な反発のはず。ロシア人も酒を禁止する代わりに「我々が飲む、うまいウォッカやワインをどんどん海外に売り込もう!」とやっていればよかったのにと思います。

    我々西側の人間から見ると、人権を擁護し民主主義と市場経済を導入し、ゴルビースマイルで当時の強面の西側指導者だったレーガン、サッチャー、ミッテラン、コール・・・と言った人たちと互角に渡り合えたゴルバチョフは、英雄的な存在でした。ロシア人のみなさんに失礼を承知で言うと「ロシア人にこんな物分かりのいい朗らかな人がいるのか。」というのが率直な感じでした。ソ連やロシアというと、歴代の恐ろしい権力者たち、暗くて怖い秘密警察、大粛清、シベリア抑留のイメージでしたから。

    今から思えば、ゴルバチョフさんはレーガンやサッチャーのやった新自由主義には大反対で、むしろスカンジナビアのような社会民主主義、混合経済を導入したかったのだと感じます。事実、日本のNHKのインタビューでも「(新自由主義者)ハイエクのような人の意見には同意しない。市場にはルールが必要だ」とはっきり言ってます。そのためにも、ロシア人を資本主義的な人間に「改造」しようとし、あえてアルコールを禁止したようにも思えます。

    (余談ですが、スウェーデンではその昔、国中が飲んだくれだらけ状態だったことがあり、社会の機能が麻痺してた頃すらあったそうです。また、あまりの貧困で19世紀初めにはスウェーデン人の1/4が国を捨てたとも言われています。今のスカンジナビアの穏やかな社会は、その頃の苦い経験を踏まえてのものとのことです。)

  • 匿名

    は?「ソ連はいろいろな民族が仲良く平等に暮らした家族のような国でした。ところが、ペレストロイカのせいで、みんな互いに否定するようになり、」といったのがまったく常識外れですよ。良く平等に暮らした家族を言っているソ連は粛清を起こしました。君が考えている仲良く平等に暮らした家族は殺し合う形ですか。それであれば、納得できます。